olebiloxifillinさんが10kg増量に成功した太るサプリのヒミツ

Published / by hutoccho / Leave a Comment

太りたい人は太るサプリを飲むのが一番の方法である事に間違いありません。

太るサプリを飲んでふっくら可愛い女子になる3つの方法

30代中盤の男性です。今までの人生で一番大きく太った時期が今から7年くらい前で、当時以前の仕事を辞めて一年ほど就活をして、都内の企業に事務職として採用されました。採用のプロセスはとんとん、と進み、社長に直々に、職務経歴書がとてもよく書けていると褒められ役員面接のほぼその場で内定、すぐに働き始めました。

給与は都内の一般的な事務職くらいで、仕事の負荷も軽く、定時で帰れる生活。就活をしていたときに比べ懐具合が一気によくなり、帰宅して地元に戻って、近所のイトーヨーカドーで買い物をするのが一つの楽しみになりました。お酒とお菓子やつまみを買い、家で晩酌する毎日。特に日本酒にハマり、一日、コップ3杯分くらいは飲んでいました。またお菓子が美味しく、もなかや板チョコなどを夜寝る前にガンガン食べていました。特に気に入ったお菓子が「六方焼き」で、正方形の和風の生地に餡の入ったもの。これと日本酒のコンビネーションが悪魔のごとく良くて、たぶん一ヵ月はハマって食べ続けていたと思います。日本酒に和菓子、合うんですよね(笑)

家に着くと夕飯を食べて、それから晩酌をし、23時頃に寝る生活リズムです。お酒は日本酒を中心に、ワイン、酎ハイ、焼酎などを毎日飲んでいました。とうぜん体重が増え始めて、普段体重は測っていないのですが腹回りが二回りほど大きくなり、さらに健康診断で、15キロほども太っていたことがわかりました。

医師に、就職してから急激に太りすぎていると言われました。それでも晩酌を止められず、お菓子は控えたものの飲酒を続ける毎日。しかし、ある事を機に飲酒も止めることになりました。それがアトピーで、ある金曜日、映画を観つつ調子に乗ってワインを一本開けたところ、持病だったアトピー性皮膚炎が非常にひどくなり全身に炎症が出たのです。「あ、肝臓にダメージ来てるな」と思った私は禁酒を決意。職場の飲み会などでも、その後ノンアルコールばかりを飲んでいました。体重はおかげで、そのとき以上太ることはありませんでした。

現実問題として太るサプリを飲んで太ることに成功している人は多くいます。
太るサプリの公式サイトでもその事実は記載されています。

太りたいと思うのであれば一度確認しておくことをおすすめします。

さらに、この時を機に、普段はお酒を飲むことがなくなりました。今でも、お酒を飲むのは飲み会など外でだけにしています。それから7年経った現在、さらにエアロバイクを始めました。糖尿病、痛風など成人病の予防が第一の目的ですが、ダイエットも視野に入れてやっています。一ヵ月でウェストが5センチ細くなりました。痩せたり太ったりと落ち着きのない体型ですが、今後は節制をして健康第一、体を大事にしていきたいと思います!

私は食生活の乱れから30代後半より完全に太ってきました。昔はスリムな体型だったのですが、仕事からのストレスなどもあり太ってしまったのです。残業が多く仕事から帰るのはいつも22時以降です。そしてそのまま近くのファミレスでご飯を済ませて帰り、寝る寸前までお菓子を食べて眠るような生活をしておりました。もちろん、夜遅くに食べるご飯などは消化されることもなく、次の朝には胃がもたれており非常にしんどい朝を迎えるのです。

しかし、仕事が終わる22時以降にまたご飯を食べる生活を繰り返しておりました。そして徐々に体重が増え続け、いつも着ているスーツが徐々にきつくなっていくのです。私もスーツがきつくなっていることは分かっていたのですが、食生活を改善することはしませんでした。そしてある日体重計に乗ると何と体重がプラス5kgまで増えていたのです。私は正直驚きましたが、それでも5kgであれば何とかなるだろうと簡単に考えておりました。

太るサプリを飲んだ効果があったのだと思います。そして平日の生活の乱れを維持しつつ、金曜日の夜には完全にお腹がいっぱいになるまで食べて夜もお菓子とジュースを飲みながら眠るといった生活を繰り返していたのです。残業を22時までしていることもあり残業代が出ていたためそのお金を多少自分を癒すべく食生活に使っていたのが大失敗でした。私は完全に太っておりました。

そして気づけば服がすべてあわず、またあごも二重あごとなっており、醜い自分となっていたのです。久しぶりに会う友人には驚かれ、自分でも外に行くことが嫌になってくるぐらいでした。しかし、食生活を改善する気持ちはあまりなく、ここまでくると開き直っている自分がいたのです。そしていつもの生活を繰り返しつつ、健康診断の日が来ました。私は自分のことをある程度認識しつつも少し憂鬱な気持ちで健康診断にいったのです。案の定、体重のことを指摘され、私は食生活のことを説明しました。すると数値的にかなり危ないということになり、健康診断で生活習慣の見直しが必要な人の部類に入ってしまったのです。

私はその時点で反省しつつも、かなり後悔しました。自分の食生活が原因であることを分かっていながら生活を変えずに続けた自分が許せなかったのです。しかし、何をいってもしょうがなく、現在健康管理室の指導の下、食生活の改善などを進めております。もちろん最初はとてもきつい状態でしたが、徐々にその環境にもなれて体重も少しだけですが落ちてきております。太るのはあんなに簡単だったのに痩せることがこんなに大変だと今になって痛感しております。

太るサプリを飲んで痩せこけている自分にサヨナラしましょう!

どれだけ食べても太らないはずだった体質。

Published / by hutoccho / Leave a Comment

私は昔から太りにくい体質として自覚があり、いくら食べても飲んでも一定以上の体重から増えることはありませんでした。

中学生の頃に体重が60kgになり、そこから増減があってもプラスマイナス1キロほどでした。

現在私は33歳。
身長175cm 体重60kgです。

実は今の60kgという数字。最初に書いた文章を見て、ずっとキープしていると思う方もいるでしょう。しかし、実はダイエットして戻した数字です。

年齢が30歳を迎えた頃からの話しです。
昔からいくら食べても太らないと自覚があった私は、社会人になってからも食事に気を使う事はほぼありませんでした。

社会に出ると会社の同僚との付き合いもあり、お酒を飲む機会も多くなりました。

もちろんそこでも私は何も気にせず好きなものを好きなだけ食べをお酒を飲んでいました。

実際にダイエットをし始めようとするまで気にしていなかったのですが、お酒を飲む時のつまみは揚げ物など高カロリーなものがとても多く、それに合わせてビールを大量に飲んでしまうので、考えてみれば太ってしまうのも当然のことです。

休日は家でだらだらとお菓子を食べジュースを飲みテレビを見ていることが多かったです。

年齢を重ねると代謝が悪くなり、太りやすい体質になると聞いたことがありますが、私には無縁の話だと思っていました。

しかし現実は違いました。

ある日、いつもと同じサイズのズボンを履いてベルトをしているのに、なんだかお腹周りが苦しいなと思うことがありました。

「まさかな」

なんて思いながら体重計に乗ってみました。

そこには私のだらしない食生活を象徴するかのように大幅に増えた体重が表示されていました。

68kgです。

60㎏前後から変化したことない体重が70㎏手前まで増えていました。

普段から運動することもなく、どうせ太らないだろうと思って食べ続け飲み続けていた結果がこれです。

気にして見てみると、以前に比べお腹もぽっこりと出ています。

ここまで来てやっと気づくのです。自堕落な食生活はもうやめようと。

そこから私は元の体重に戻そうと、色々な手を尽くしなんとかダイエットに成功しました。

元の体重に戻ったのはいいのですが、昔の「太りにくい体質」とは何処へやら、少し気を抜くとすぐ太ってしまうようになっていました。

現在私は食事をする時にはカロリー表記を確認したり、食事をする時間にも気をつけるようにしています。
以前の体質とはもう違う私の体。

健康管理も当然のことですが、なるべくスマートな体型を維持し続けられるように今後も努力して行こうと思います。

親孝行ゆえに痩せたり太ったり食欲不振に陥った

Published / by hutoccho / Leave a Comment

去年の10月、私はわずか3週間で4キロ痩せました。月初めに母が急死したのがもとで、食欲不振に陥ったからです。
といっても、母の死がそれほどショックだったわけではありません。肝臓ガンが再発して、すでに6年。余命宣告こそなかったものの、いつ旅立っても不思議はない状況でした。それでも、その日の朝までふつうにしていて、救急車で運ばれてそのまま…というのは、あまりにあっけないお別れでした。
母とは相性が悪いのか、しっくりしない親子関係でした。だからこそ、罪悪感を抱え込んでしまったのだという気がします。
食欲不振の原因は、もうひとつありました。
母が亡くなってわずか10日後、今度は検査のため入院していた父に、ガンが見つかったのです。そのまま手術待ちの入院が続き、私は3人で暮らしていた家に、いきなり独りになってしまったのでした。
寂しい、と落ち込んでいる余裕はありませんでした。人が亡くなったり、病気になったりすると、家族にはしなくてはならないことがたくさんあります。
でも、独りで食卓についても、あまり「食べたい」という気持にはなりません。お腹は空くのに、食べる気になれないということが続き、気がついたら自然と減量していたのでした。
その状況が一変したのは、父の手術が成功して、退院してからです。膵臓や十二指腸などを切除したものの、胃袋はほとんど残ったので、父はふつうに食事を摂ることができました。
さらに、主治医からは、「ガンに克つためには、体力と栄養状態が大切だ」と諭されました。つまり、父にはうんと栄養をつける必要がある、ということです。
もともと健啖な父ではありますが、術後でもあり、母を失って消沈しています。以前のように、もりもり食べる姿は、望むべくもありません。
そこで私は、父の食欲を盛り上げるべく、昔、子供を育てたときと同じ手法を採りました。まず親が美味しそうに食べてみせないと、子供の偏食を治すことはできないものです。
私は食卓で、ことさら明るくふるまいました。おおげさに「お腹が空いた~!」と騒ぎ、「あ、これ、美味しい!」「お代わりしようっと」「こっちも食べちゃっていい?」。
そんなふうで、いつもの倍くらい食べていた気がします。それで父も刺激を受けたのか、手術前に迫る勢いで料理を平らげるようになりました。作戦成功です。
術後1ヶ月の検診では、主治医が驚くほど、父の栄養状態は良くなっていました。体重もバッチリ増えていて、「この年で、こんなに回復の早い人は見たことない」とまで言われました。
私もまた、その1ヶ月で太りました。健康体の私は、病後の父よりはるかに栄養の吸収が良かったと見えます。3週間で4キロ減った体重は、1ヶ月で6キロ増えてしまったのでした。
そしてその後も、父の食欲盛り上げ係として、私は順調に太り続けているのです。

体が溜め込みたがっている時、体重は減らない

Published / by hutoccho / Leave a Comment

デスクワークで仕事を始めた時、学生時代に何も考えず食べていた間食がピッタリと止まりました。忙しさと周囲の目が気になって食べるどころではなかったのです。朝は抜き、休憩時間に合わせて昼食を食べ、帰ってから夕食を食べる規則正しい生活。残業は多少ありましたが、最初の頃は夜8時には家に着く生活を送れたため、学生時代よりも運動量は減りましたが体重は徐々に痩せていきました。

ところが、仕事に慣れていくにつれて雲行きが怪しくなります。世の中の景気も悪くなり、仕事は増えるけれど欠員は補充されない。残業は増え、上司からの言葉は圧迫的になりました。食事の時間は不規則になり、ストレス過多な上、休憩もあまり取れず、仕事をしながら食べやすいものをつまむだけ。栄養などは考えず、ただお腹が膨らむように炭水化物中心になっていきます。帰りも10時、11時となると家までもたないので、外食が増えていきました。

運動量はますます減り、常に空腹感を抱えているのに体重ばかり増えていく…。当時は甘いものを食べても、満足感は得られませんでした。仕事を初めて10年ぐらい経った頃は、入社当時よりも体重が10キロ近く増えていました。運動不足だからなーと諦めていましたが、やがて抑うつ状態になり退職。休職期間中を含めた数ヶ月で、増えた体重は元通り、ほぼマイナス10キロ減りました。

退職してから特に食事制限やジムなどでの運動をしたわけではなく、ちょっと博物館や寺社仏閣を巡ったり、近所を散歩しただけです。むしろ食事の量は仕事をしていた時期よりも増えていましたが、やはりストレスが一番の原因だったようです。体重が減らないのは加齢によるものと思い込んでいましたが、体が緊張状態なのでカロリーを溜め込んでいたのでしょう。

やがて結婚し、妊娠をしました。妊娠中はつわりが酷くほとんど食事も取れなかったのですが、それでも赤ちゃんの分の体重が増えていきます。一時は入院するほど腕や足は細くなりましたが、お腹だけは立派に育ち、健康な赤ちゃんを出産しまいた。出産をするとすぐに赤ちゃん分+胎盤分の体重が減るものだと思っていたのですが、10ヶ月近く掛けて膨らんだお腹が一瞬で縮むはずもなく、徐々にお腹が小さくなっていきます。体重も、赤ちゃん分の3キロほどは減りましたが、その後はゆっくりと減ると産院で教えられました。

しかし、この体重、思った以上に減りません。出産をしたことでつわりが完全になくなり、味覚が元に戻ってなんでも食べられるようになったこともあります。でも主な原因は、毎日の子育てによる睡眠不足、お昼寝中に慌ててご飯をかきこんで家事を片付ける不規則さ。そして出産から数ヶ月は思うように体が動かせず、家事をすればヘトヘトで外出まではなかなか出来ませんでした。10ヶ月近く体調不良で寝たきりに近かったので、体が鈍りきっていたのです。なんとか体力を取り戻すために、子どもを抱いて散歩を始めた頃には、体重が出産直前くらいまで戻っていました。

子どもがやっと1歳になる頃、必死に毎日5キロ近い散歩に励み、トレーニングのように子どもに付き合ってもらって公園めぐりをした結果、やっと体重が減る兆しを見せています。まだまだ痩せ型には遠いですが、なんとか太りすぎではなくなってきました。お母さんが太ってる!と言われるのは少し悲しいので、なんとか平均を維持できるようこのまま頑張りたいと思います。

気付かないふりしてたけどやっぱり太ってる!!

Published / by hutoccho / Leave a Comment

久しぶりに会った昔の仕事仲間に「あれ?ちょっと太った?」と言われた。ちぇ!やっぱりそうか。ずっと気付かないふりしていたけどやっぱり私は太ってきているんだな。うすうす気づいて、いやしっかり気づいていたんだ太ってきてるってことは。気づかないふりしてたけど。
昔の仕事仲間とは男性。こういう時、女性ってストレートに「太った?」なんて思ってても聞かないけど、男性ってそういうことズバッというんだよなあ。特にあいつは人の気持ちとか気にしないし。

男性が気づくほどに太ってるってことよね。
思い当たる節はちゃんとあるのよ。だって食べてるもん。しかも夜遅くまで。
だってさ、残業増えちゃって、夜遅くに帰ってきてから食事しちゃうでしょ。会社で食べられればいいんだけど、忙しくて食事する時間ないし。帰ってきて食べるのガマンしてすぐ寝ちゃえばいいんだろうけど、お腹空いてたら寝られないし。
それでも初めのうちは食べずに寝ちゃうって頑張ってたんだけどね。そのうちストレス感じちゃって、ストレスは溜めちゃいかん!と思って一度夜中に食べたら、それからずっと夜遅くに食べちゃう食習慣になっちゃった。
やめたいけどやめられない。やめたらストレス溜まっちゃうもん。
ってやってたらやっぱり太った。

パンツが入らなくなった。だからウエスト緩めのスカートだけはくようになった。最近ではそのウエストがちょうど良い、がランチの後はきつくなってる。
体重は量っていない。だけど太ってるってわかる。鏡を見ると顔は丸くなっているし、鎖骨は消えて埋もれているし、腕を下すと二の腕に肉を感じる。肉が邪魔している感じ。
太ももは名前の通り太くなっているし、もともと出ていた下腹は横になっても出たままで。

もうこれ、本当にどうしたらいいの!って、夜中に食べなきゃいいんだろうけど、忙しい仕事のストレスで、唯一の楽しみの食事を奪われたらもうわたしやっていけない。このままどんどんデブの道へまっしぐらなのかしら。最近ぽっちゃり系が流行ってるからもういいかな。
でもなあ、今までは太らないようにすごく気を付けてたんだ。このまま食べて太っていく自分を許すこともそれはまたそれでストレスで。

あいつに「ちょっと太った」って言われた時、ショックだったことを思い出した。そうだ、ショックだったんだ私その時。
瞬間、やばい、ダイエットしようって思った。いまちょっと忘れてたけど。
とりあえず、仕事中に片手で食べられるもの19時までに食べよう。そして帰宅後の夜中の食事はやめよう。まずはそこから始めよう。
あいつー!もういつ会うかわかんないけど、みてろよー!痩せるぞー!

子供の頃から徐々に太り始めてきたことについて

Published / by hutoccho / Leave a Comment

子供の頃には両親が共働きでとても寂しい思いをしていました。当時はテレビを見ることぐらいが楽しみだったのですが、それでも私の心の中は癒されませんでした。日中から一人ぼっちで5時ごろまで両親が帰ってくることがありません。お小遣いを少しはもらっていたのですが、そのお金でおやつを食べることが楽しみでした。中でも甘い物には目がなく、食べ続けることで幸せを感じることができました。

幼稚園の頃くらいにはガリガリに痩せていた体が小学校の低学年程度になると、徐々に肥満状態になってきました。それでも成長段階だったので、特に親も気にしていませんでしたし、よく食べる子の方が元気があると逆に褒められるほどでした。両親がいない状態で、褒められることが食べることであると、もっと食べようと思うこともありました。

学力もどちらかというと成績が悪い方でしたし、運動能力もなく秀でたところが何もないといった部分は常にコンプレックスでしたし、コミュ障の部分もあったので、友人との会話もギクシャクしていました。小学校高学年くらいになると、さすがに身長も伸びてきた割には太っているので、デブとからかわれることも多くなりました。親にはよく食べる子で元気でいいと言われていたのに、外に出ればデブとからかわれるのです。

さすがにあまりにも太りすぎていると気になるようになりました。ですが、社会生活よりも学校生活の方が人間関係が複雑ですしいじめなどもあり、一時期登校拒否になってしまいました。その頃は仮病を使っていたのですが、学校の人間関係から逃げられると考えるようになると、休めばそれで良いと思うようになったのです。親も最初のうちは本当の病気かと心配していたのですが、徐々に私の登校拒否がしているのだと感じ始めていました。

学校に行かなくなれば、登校するのが余計にも嫌になるよ、と言われることもありプレッシャーがどんどん重なりました。親は学校へ行かないとご飯をあげないよということもありました。もちろん、飢餓するような制限をすることはなかったのですが、私は自分の好きなものだけを食べて過ごしたいと考え、寝間着姿のままで台所に行っては盗み食いを繰り返していました。

中でもジュースを凍らせた物が好きで、眠る前に必ず飲んでいました。そうしているうちに本当に限界突破したくらいに太ってしまい、誰だか分からないぐらいになってしまいました。中学校では軽いイジメにあっていたので登校拒否は続きましたが、さすがに高校生になると恥ずかしいと思うようになり、食事制限もするようになりました。今では糖尿病になってしまったので、食事制限が必須となってしまいました。